自由とわがままの違い。

最近、「自由に生きたい」と思う人が増えている。

しかし、「自由」と「わがまま」をはき違えてしまっている人も多い。

たとえば、ドラえもんに出てくるジャイアン。

彼は自由だろうか?

のび太のおもちゃなどを「よこせ!」とぶんどる。

これは自由と言えるだろうか?

いや違う。

ジャイアンの行為は自由ではなく、「わがまま」だ。

自由とわがままは異なる。

これをはき違えてしまっている人が多い。

しっかりと自由とわがままの違いを理解しておかないと、

あなたは知らず知らずのうちに自由を求めながら、

ジャイアンになってしまう可能性があるから注意が必要だ。

 

自由とわがままの違いは何か?

これについては、わたくしたちが住んでいるこの日本の憲法を参考にするとよい。

日本国憲法第12条ではこう言っている。

「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」

と。

さらに、日本国憲法第13条も見てみよう。

「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」

と。

要するに、日本国憲法は、われわれに「自由に生きていいですよ」としっかり言及している。

しかし、自由に生きてもいいけど、制約があると。

それは、第12条と13条に出てくる「公共の福祉に反しないこと」である。

この公共の福祉というのが、

今回のテーマである「自由とわがままの違い」について重要な意味を持つ。

公共の福祉とはいったいなんだろうか?

社会のため?国のため?

実は違う。

たとえば、国のためとか、社会のために、あなたが我慢を強いられたとする。

これはあなたの「自由」を侵害したことになるので、異なるのだ。

 

では、公共の福祉とはいったいなにか?

公共の福祉とは、誤解を恐れずに言えば、「他人の自由」という意味である。

あなたが「自由に生きる」と決めたとする。

というか、そもそも日本に生まれた時点で自由に生きていいことになっている。

ところが、あなたが自由に生きると同時に、他人も当然ながら自由に生きている。

すると、このあなたの自由と、他人の自由が衝突する場合がある。

ここで、他人の自由を犯してしまうと、他人の自由が損なわれてしまう。

たとえば、ネット上では自由に発言してもいいが、それが他人のプライバシーを侵害したり、著作権違反で迷惑をかけてしまってはいけないということ。

ジャイアンのおもちゃの横取りも同様。

これが「公共の福祉に反してはいけない」という意味である。

 

つまり、「自由」とは公共の福祉の反しないものであり、「わがまま」は公共の福祉に反するものであるから、両者はまったく意味が異なる。

ここをはき違えてはいけない。

スパムメールを送りつける行為は自由ではない。単なるわがままである。

 

よく、「自由には責任が伴う」と言うが、これは、要するに、「他人の自由を侵してはいけませんよ」という責任が伴うという意味。

これははき違えている人は多いが、自由に生きると大変だ、重い、つらい、苦しいとか言った意味ではない。

「他人の自由を侵してはいけない」というごくごく当り前の意味での責任である。

最近は、「資本主義は自由である」と、自由の意味を勘違いし、ならなんでもやっていいといった無責任な風潮があったりするが、これはよくない。

あなたは自由に生きていい。

しかし、他人の自由を侵してはいけない。

このことは忘れないように。

作野裕樹(さくのひろき)

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