負け犬。

新しい本当の人生は「負け犬である」と理解した時からはじまる。

誰かに見下された。けなされた。

勝負に負けた。

理想とのギャップに愕然とした。

そして、「チクショー!」と拳を握りしめる。

涙を飲む。

そこから新しい本当の人生が始まる。

昨日、松山ケンイチ主演の大河ドラマ平清盛を見た。

第一話、9歳の清盛が父忠盛に泣きつくところから本当の物語は始まる。

すると、父忠盛は「よしよし。お前はまだ子供なんだからなあ。」と決してなだめたりはしない。

父忠盛はこう言う。

「お前はうちに飼われている犬だ。

負け犬になりたくなかったら強くなれ!」

と。

9歳の子供に言うには酷な言葉な気もするが、

これをキッカケに清盛は目覚める。

強くなろうと決心する。

そして、人生は変わっていく。

 

わたしたちも同様だと思う。

自分の人生を自由に生きたい。

そのためには、現時点が「負け犬である」と正直に客観的に認めることからはじまる。

 

ちなみに、わたくしは23才の時、悔しくて涙が出るくらいの負け犬だった。

会社を退社する時、社長に「一生スロットやってりゃいいだろ」と捨て台詞をはかれた。

お金もない、遊ぶ時間もない、自分のことで精一杯の自分は、彼女を他の男に取られた。

友人には「ちゃんと仕事をしてからモノを言え」とバカにされた。

これらのことがある度に「チキショ〜」と強く拳を握りしめた。

それも仕方がないこと。

社会に出て1年目は、はっきり言って誰もが負け犬だ。

悔しかったら、強くなるしかない。

それから会社を起こし、信用や金のない中、慣れない営業等をし、あれから10年が過ぎ、今にいたる。

 

自由に生きたければ、まずは「負け犬」と認めること。

そうすると、すべてが「受け入れられる」ようになる。

世界が変わる。

決して、「理想」に対し、「負け惜しみ」を言ってはならない。

たとえば、美女がいて、本当は手に入れたいと思っている。

にも関わらず、「あの美女は性格が悪いに決まっている」と決めつける。

理想の対象の「価値」を下げることで、つまり、負け惜しみを言うことで、現在の自分を肯定しようとする。ルサンチマンだ。

しかし、本当は手に入れたいものが手に入っていないのであれば「負け犬」だ。

負け犬と認め、努力し、自分自身を上げていくしかない。

 

自分自身を変えたければ、まずは「負け犬」であることを認めよう。

新しい自由な人生はそこから始まる。

作野裕樹(さくのひろき)

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