コラム

嫌われてもいい。

「自由」な人生を手に入れるためには「嫌われること」を恐れてはいけません。

人それぞれ、価値観には違いがあります。あって当然です。

私の場合、価値観は人それぞれだと思っていますし、他人の価値観を直そうとも思いません。

それは相手にとっても嫌なことだろうし、私にとっても面倒で辛いことだからです。

にも関わらず、世の中には、自分の価値観を伝えると、「それは違う」とか「あなたのことが嫌い」と否定する人が出てきます。中には直そうとしてくる人もいます。

時には直接言わなくても、村八分にしたり、無視したりして、相手を直そうと躍起になる人もいます。

そこで、「不自由」な生き方をする人はどうしてしまうのか?

相手の価値観に乗ってしまうのです。

無視されたり、村八分にされるのが嫌だから、自分の価値観を変えて対応しようとします。

 

例えば、「ひじきが嫌い」と言っているのに「ひじきを食べられない人とは付き合えない」と言われる。

「じゃあわかった。ひじきを食べるよ。」と食べるようなものです。

この人生はとても辛いです。

なぜなら、これから何度も何度も、自分が嫌いな「ひじき」が人生に登場してくる可能性があるからです。

たいへん「不自由」な人生ですね。

だから、私は自由な人生を生きるためには、堂々と「ひじきは嫌いです。食べられません。」と相手に伝えるべきだと考えています。

もしそれで、相手が自分のことを嫌いになっても何とも思いません。相手が無視しようが村八分にしようが、まったく痛みも感じません。いや、少し悲しいかもしれません。

でも、仕方がないのです。嫌なものは嫌なのですから。

 

さらに最悪なことは、相手の中で「無視する」「村八分にする」ことで、「相手は変わる」というルーティンが形成されてしまうことです。

こういう人は今までも、相手の価値観を変えるために「その手」を使ってきています。そうすることで相手を変えてきた実績があるので、また同じように相手を変えるために「無視」や「村八分」をやります。

これに乗ってしまうと、相手は今後もあなたに対し、そのルーティンをやり続けるでしょう。

そして、「他人の人生」を生きることを余儀なくされます。

 

ここまでは「ひじき」の話でしたが、これは会社勤めなどでも同じです。

私の場合、サラリーマン時代(といっても5ヶ月ですが・・・)に、とても嫌な仕事をさせられました。

それは、社内の隣の部署で、ある製品を作っていた際に異物が混入していたのです。

「その異物が他の製品群にも混ざっているかもしれない」ということで、新入社員数名が3日3晩、工場に缶詰状態で朝から晩まですべての製品を「手作業」で、無言で黙々と8時間チェックするという、半ば「拷問」のような仕事(?)をやらされました。強制的に!ほとんど説明もなく!

ちなみに私は1日目で逃げ出しました。

「この仕事は私の仕事ではない」と強く思ったからです。

確かに今思えば、大人気なかったかもしれません。

でも、まったく後悔はしていません。

なぜなら、あそこで我慢をしていたら「拷問のような箱詰め作業ができる奴」に認定されてしまうからです。

また同じ状況になった時に上層部はきっと私に「やれ」と言うでしょう。

そうなると、人生は不自由でツマラナイものになってしまうと予想できます。

だから、「嫌なことは嫌」と相手になんらかの形で必ず伝えるべきなのです。

そうしなければ、いつまで経っても「他人の人生」を生きることになります。

(ちなみにこの一件が辞表を書くことを強く後押ししました。そういう意味ではありがたかった事件です笑。)

 

それでも嫌われるのが怖い・・・と思う人もいるでしょう。

大丈夫です。世の中はあなたが思っている以上に広いのですから。

どっかの芸人さんじゃないですが世界には70億人もの人々がいます。日本人ですら1億数千人もいます。

必ずや価値観を認め合える人がいます。

「ひじきが嫌いという価値観があってもいいよね」とわかってくれる人が必ずいます。

無理に相手に合わせて、他人の人生を生きてしまうことで、自分の人生の時間を無駄にするほど人生は長くはないのです。

(※ちなみに私はひじきを30歳の頃まで食べられませんでしたが、今は食べられます。)

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